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『西水美恵子の歩み』

専門は経済学。経歴は銀行家。
しかし前世界銀行副総裁・西水美恵子の情熱は
「リーダーシップ・メンター」にあるらしい。

西水のキャリアは学者として始まった。
プリンストン大学で教鞭をとること数年間。
その平穏な学究生活に、不意の転機が訪れた。

待ちに待った研究休暇の一年を世界銀行で、との誘い。

「経済開発論は部門外でしたし、世界銀行も全く知らなかった。
でも、好待遇で研究に専念できる一年間は、断るには良すぎた誘いだった」
と、西水は言う。

当時、世銀チーフ・エコノミストとして活躍し、
経済開発政策と研究所を担当していた
著名な経済学者ホリス・チェネリー副総裁は、
契約に条件をひとつ出した。
「一国でもいいから発展途上国を訪ね、
 国民の貧しさを自分の目で見てくるように」。

「世銀の視察団に付いてエジプトの首都カイロへ行ったのです。
 大間違いの始まりでした!」と笑う。

週末のある日、ふと思いついて、
カイロ郊外にある『死人の町』に足を運んだ。
そこは、邸宅を模す霊廟がずらりと並ぶイスラムの墓地に、
行きどころのない人々が住み着いた貧民街だった。

その町の路地で、ナデイアという名の幼女に出会う。
病に冒されたナデイアは、
西水に抱かれたまま、静かに息をひきとった。

下痢からくる脱水症状が死因だった。
安全な飲み水の供給と、衛生教育さえしっかりしていれば
防げたはずの下痢・・・。
家庭で簡単に作れる糖分・塩分配合の飲料水で、
応急手当ができたはずの脱水症状・・・。

その時の想いを語る西水の目に、涙が浮かぶ。
「誰の神様でもいいから、ぶん殴りたかった。
 天を仰いで、辺りを見回して・・・。
 その瞬間、あの子を殺した化け物が見えたのです。
 きらびやかな都会がそこにある。
 最先端をいく技術と、優秀な才能と、膨大な富が溢れる都会がある。
 でも私の腕には、命尽きたナデイアが眠る。
 悪統治。民衆など気にもかけないリーダーたちの仕業と、直感したのです」。

ナデイアの死は、西水の髄に火をつけた。
学窓に別れを告げ、貧困と戦う世界銀行に残ると決めた。
ナデイアが仕事の尺度になった。

「何をしても、必ずナデイアに問うのが習慣になりました。
 生きていたら、喜んでくれるかしら。
 あなたを幸せにできるかしら・・・」。

悪統治との戦いと良きリーダーの育成が、
西水の世銀キャリアの印になった。

「縁あった素晴らしいリーダーたちの英知に、恩恵を受けました。
 あらゆる職業で活躍する人々でした。
 村長や農民、貧民街の女性たち、売春婦から転職した福祉事業家、
 NGO活動家、社会起業家、ジャーナリスト、学生、大学教授・・・。
 中には、少数の将軍や、政治家、大臣、大統領さえいました。
 皆、私の恩師です」。

途上国の草の根で出会ったリーダーたち全てに、共通するものを見た。
「正しいことを正しく行う」情熱だった。
話や形は変わっても、皆それぞれの「ナデイア」を胸に抱いていた。
その情熱が信念の糧となり、ハートが頭と行動に繋がる。
心身一体、常に一貫した言動だからこそ、
民の信頼を受け、人々を鼓舞し、奮起した。

管理職に就いた西水は、草の根で学んだことを仕事に生かし始めた。
世銀の「官僚的な組織文化をひっくり返して、
貧民に仕える文化に変えたかったから」と言う。

どの部門に任命されても、人に仕える謙虚さをもつ
「真のリーダーシップ」養成に焦点を絞った。

夢は、「職員全員が、自発性と最高のチーム精神を思う存分発揮して、
仕事に出るのが待ち切れないほどの幸せを感じる」開放的な職場だった。

運転手から、秘書、エコノミスト、各種エンジニアと、
本気で職員「全員」のことを考えた。

「職種は何でも、自分の仕事に対する考え方を変えてほしかった。
 仕事が単なる仕事ではなく、情熱になるように」。

淡々と語る西水に、融資決断の厳しさから、
別名「鉄の女」と恐れられた面影はない。

「全職員の脊髄にあの火をつけよう」と、
1〜2週間、途上国の貧村にホームステイをするように促した。
尻込みする部下には「付いて来い!」と自ら率先。

「優秀な企業は、顧客を深く親密に知ることから始まります。
 普通の視点ではなく、顧客の目そのものを通して
 世の中と自社を見る従業員こそ、ダイナミックな成長の糧です」
と断言する。

「世界銀行の顧客が誰なのか、考えてごらんなさいな。
 貧しさに喘ぐ人々です。
 政界や財界の権力者ではありません」。

部下たちは、西水の提案をVillage Immersion Programと名付けた。
VIPをもじったところが面白い。
離村や貧民街に迎えられ、家族の一員として暮らす世銀職員。
参加者は全員揃って
「各々のナデイアと出会い、リーダーとして行動する情熱を授かった」
と語る。

西水の組織文化と意識改革の仕事は、
職員が積極的に参加し先導もする、学習のプロセスだった。
職員が揃って我らのものと言える目的があった。
夢見る職場をビジョンとし、はっきりさせた価値観を心底共有していた。

南アジア地域担当の副総裁に任命された後も続いた西水の改革は、
著名な経営学者やマネジメント専門家に注目された。
Society for Organizational Learning設立者でもある、
マサチューセッツ工科大学ビジネス・スクールのピーター・センゲ教授は、
西水のケースを著書で紹介している。
(The Fifth Discipline・The Art & Practice of the Learning Organization)
この本は、英ファイナンシャル・タイムズの書評で、
史上トップ五書に入る経営専門書と絶賛された。

組織改革手法の第一人者として欧米を代表する
CEO経営コンサルタント、ロン・アシュカナズ氏も、
西水の携わった世銀改革を、希有なケースとして
Executive Leadership 賞を受けた著書に詳しく綴っている。
(The Boundaryless Organization・Breaking the Chains of Organizational Structure)

2003年、西水は突然世銀退職を発表して知る人を大いに驚かせた。
「まず自分が最初に驚いたわ」と笑う。
「私が率いたタイプの改革は、
 リーダーのDNAに染まりがちという欠点があります。
 後々まで持続して成長できるように、そうならないうちに辞めるべしと、
 初めから覚悟していました。
 その時を見逃さないようにアンテナを張っていたのですが、
 ある日突然、降ってわいたようにピンときたのです。
 即時に辞表を出し、荷物をまとめて、二週間後に去りました」。

それでも西水は、後継者を選ぶことが不可能な立場上、
結果的に失敗だったと言う。
しかし、世銀に残る職員の意見は異なるようだ。
改革が蒔いた種は育ち続け、あのVIPもそのひとつだと、評価されている。

その後の西水は、どのような組織から
指導者ポストへの誘いがあっても、全て断ってきた。

彼女の選んだ道は「自分自身のボス」。

現在は、さまざまな形で、優秀なリーダーを育成することに情熱を注いでいる。
講演や「物書き」もその想いの一端である。
日経新聞夕刊コラム「あすへの話題」は評判が高く、
この連載で西水の名を知った読者も多い。

各界指導者層「三万人のエグゼクティブ」を対象にする
月刊総合情報誌『選択』に、
2008年12月まで四年越しで続けた連載
「思い出の国・忘れえぬ人々」でも、ファンが多かった。

この連載は、英治出版から
『国をつくるという仕事』(2009年4月)として単行本化され、
中・高校生から社会人まで、若い世代にも広く読まれ、
根強い人気を得ている。

講演やテレビ・ラジオ出演の依頼も、年二度の帰国では消化しきれず、
「ありがたいことです」と微笑む。

長年住み慣れた米国首都ワシントンに、
英国人の夫ウイッカム氏と在留を続けるが、
自称「第二の故郷」イギリス領バージン諸島で執筆に専念する日々が多い。
日本と、「立ち去ることを許してくれない」ブータンに通勤しながら、
世界中をインターネットで駆け回っている。

西水美恵子 Facebook


『国をつくるという仕事』
(英治出版のサイト)

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